有機の価値を伝える5Aと顧客体験――推奨へつなぐ“選びやすさ”の設計

有機農産物の販売を想起させる、畑で苗の手入れをする手元の写真

前回は、ハイパワー・マーケティングを扱いました。読み進めるうちに、そもそも「マーケティングとは何だろう」と思い、いったん基本に立ち戻って整理してみることにしました。

この記事は二つの使い方を想定しています。ひとつは、マーケティング1.0〜5.0を「時代の流れとして俯瞰するための地図」として。もうひとつは、有機農産物(野菜・米・加工品など)を扱う現場で、少しでも納得感のある価格形成につなげるための、方針メモとしてです。

結論から言うと、1.0〜5.0は「古いものが捨てられ、新しいものに置き換わる」というより、対象が増えていく“増築”のように見えます。製品、顧客、価値、デジタル、そしてテクノロジー。扱う範囲が広がるほど、求められる設計も細かくなっていく、という理解です。

記事の目次

マーケティング1.0〜5.0という増築史

まずは概要を短くまとめます。細部より、全体像が先です。

マーケティング1.0(製品中心)

  • 時期:1950年代〜1980年代
  • 中心:製品
  • キーワード:4P(Product / Price / Place / Promotion)
  • 目的:売る(押し出す)

マーケティング2.0(消費者中心)

  • 時期:1990年代〜2000年代
  • 中心:顧客ニーズ
  • キーワード:STP(Segmentation / Targeting / Positioning)
  • 目的:満足と関係

マーケティング3.0(価値中心)

  • 時期:2000年代〜2010年代
  • 中心:価値観・社会性
  • キーワード:MVV(Mission / Vision / Value)
  • 目的:共感と参加

マーケティング4.0(デジタル時代の消費者中心)

  • 時期:2010年代〜
  • 中心:オンライン×オフライン
  • キーワード:4C(共創 / 通貨 / 共同活性化 / 会話)
  • 目的:関係の強化、推奨へ

マーケティング5.0(テクノロジーと人間中心)

  • 時期:2020年代〜
  • 中心:人間中心×テクノロジー
  • キーワード:AI / IoT / ビッグデータ、パーソナライズ
  • 目的:摩擦の少ない体験と価値提供

ここまでを眺めると、マーケティングは「何を中心に設計するか」の焦点が、時代とともにずれてきたことが分かります。

価値と共感としてのマーケティング3.0

3.0で印象に残るのは、消費者が“商品そのもの”だけでなく、企業の価値観や社会的責任にも反応するようになった点です。企業はMVVを掲げ、単に買ってもらうのではなく「つながり」や「参加」をつくることが重要になりました。

マーケティング3.0を読んでいて、ストーリーという言葉が具体的に扱われていたのも興味深いところです。共感されるストーリーには、少なくとも三つの構成要素がある、という整理でした。

  • キャラクター:その企業がどんな課題に向き合い、何を象徴するのか
  • 筋書き:困難に挑む/つながりを生む/能力で解決する、などの型
  • 比喩:変化、旅、器、つながり、コントロール…といった見立て

消費者に企業や製品のミッションをマーケティングするためには、企業は変化というミッションを掲げ、それを軸に感動的なストーリーを築き、ミッションの達成に消費者を参加させる必要がある。 フィリップ・コトラー『コトラーのマーケティング3.0』朝日新聞出版、2010

ストーリーは「盛るための装飾」ではなく、関係の設計図として扱われている、という感触がありました。

現場メモ(有機農産物):価値の提示は「理念」より「観察と手入れ」

有機は、慣行に比べて手間が増え、歩留まりも揺れやすいです。その差分を価格に上乗せしたいと考えるのは自然です。ただし、理念の説明を長くするほど、買い手の判断材料が薄くなることもあります。

  • キャラクター(象徴):
    • 「何を避けているか」より、「何を見て、どう手を入れているか」
    • 例:草の出方、土の匂い、虫の入り方、雨の後の乾き方
  • 筋書き(反復):
    • 播種→育成→収穫→土づくり→翌年、の反復
    • 失敗や揺れも含めて“改善の筋”が見えると納得感が残りやすい
  • 比喩(見立て):
    • 抽象語を一段だけ具体へ
    • 例:「土の呼吸を邪魔しない」「微生物の居場所を増やす」など、作業目的が透ける言い回し

会話と推奨へ向かうマーケティング4.0

4.0は、オンラインとオフラインが融合し、消費者が情報を検索し、比較し、意見交換しながら判断する時代の設計です。企業側は「一方的な広告」ではなく、デジタルチャネルを通じて関係を築く必要が出てきます。

4.0で分かりやすいのは、購買行動の捉え方が更新されている点です。古典的なAIDAは、購入で終わりやすい。そこで4A、さらに5Aへ、という流れが紹介されます。

  • AIDA:Attention / Interest / Desire / Action
  • 4A:Aware / Attitude / Act / Act again
  • 5A:Aware / Appeal / Ask / Act / Advocate

特に5Aは、現代の「調べてから買う」「買ったあとに語る(評価する)」という行動を含みます。しかも一本道ではなく、各段階を行き来する。購入前に推奨が起きることすらある、という指摘も現代らしいです。

マーケティング4.0の究極の目標は、顧客を認知から推奨に進ませることである。 フィリップ・コトラー『コトラーのマーケティング4.0』朝日新聞出版、2017

現場メモ(有機農産物):5Aを販路に落とす

有機は「知ってもらえれば売れる」ではなく、Ask(調査)で離脱しやすいです。Askを越える設計が、価格の納得にもつながります。

  • Aware(認知)
    • 地域名+作物名+季節(検索・看板・SNSで出会える形)
  • Appeal(訴求)
    • 写真は「映え」より“状態が分かる”
    • 例:サイズ感、断面、泥の付き方、葉の勢い(=鮮度の根拠)
  • Ask(調査)(買い手が見がちな点):
    1. 価格の理由(何に手間が乗っているか)
    2. 安定性(いつ・どのくらい買えるか)
    3. 味の傾向(甘い/香り/火入れ向き等)
    4. 使い方(おすすめ調理・保存)
    5. 管理の実際(断言より、やっていること)
    6. 不測時の対応(返品・交換・代替などの方針)
  • Act(購入)
    • 入口は軽く(少量セット、お試し便、単発購入)
    • 継続は別導線(定期、CSA、予約)で分ける
  • Advocate(推奨)
    • 推奨は「美味しい」だけでなく「使いやすい」が強い
    • レシピカード、保存メモ、食べ頃の説明が口コミを生む

テクノロジーと人間中心のマーケティング5.0

5.0は、AIやIoT、ビッグデータを活用して、より高度にパーソナライズされた体験を提供する時代として語られます。個々の行動データから趣向を推定し、提案精度を上げる。たしかに便利です。

一方で、便利さが進むほど「見たい情報だけが見える」状態にもなりやすい。フィルターバブルという言葉で指摘されるように、視野が偏る可能性もあります。ここは、技術の是非というより、“設計の副作用”として意識しておきたい部分です。

製品と接する新しい方法が、今では製品そのものより魅力的になっている。競争に勝つための鍵は、製品にあるのではなく、顧客が製品をどのように評価し、購入し、使用し、推奨するかにある。 フィリップ・コトラー『コトラーのマーケティング5.0』朝日新聞出版、2022

5.0は「売り込みを強くする」方向ではなく、体験の摩擦を減らし、必要な人に必要な情報が届くようにする、という方向にも読めます。

現場メモ(有機農産物):高度化より摩擦低減

有機で「高くても選ばれる」を作るなら、派手な施策より、買う前後の摩擦を減らすほうが効く場面が多いかもしれません。

  • 需要と供給の摩擦:
    • 収穫見込みの共有(週次で十分)
    • 予約・取り置きの仕組み
    • 欠品時の代替提案(同価格帯での置き換え)
  • パーソナライズは“おすすめ”より“不安の解消”へ:
    • 少人数世帯向けの量
    • 下処理の省力
    • 時短向きセット
  • 注意(偏りの固定化):
    • 反応の良い層だけに合わせ続けると、作付けの多様性や土づくりの都合を削ってしまうことがある
    • 「売れるから」だけで作型を単純化しすぎない、という自分用の歯止め

顧客体験という摩擦の設計

CX(カスタマーエクスペリエンス)は、購入の瞬間だけではなく、検討から購入後までを含む体験です。マーケティング5.0では、AIやロボット、AR/VRなどが登場しますが、個人的には「派手な体験」よりも、まず摩擦が減っているかが大事だと思います。

特に有機農産物は、届いた後・食べる前の段階で体験の差が出ます。ここが整っていると、レビューや再購入にもつながりやすいはずです。

現場メモ(有機農産物):購入後に起きがちな摩擦

  • 土付き・葉付きの扱い(洗う/切る/保存)
  • 規格外の混在(理由と使い方を先に言う)
  • 味のブレ(天候要因の一言があるだけで納得度が上がる)
  • 調理の難しさ(おすすめの一手間を減らす)
  • クレーム対応(先に方針が見えると安心)

推奨が生まれやすい瞬間(小さな設計)

  • 箱を開けた時に迷わない
  • 何から食べるかが分かる(食べ順メモ)
  • 余った時の逃げ道がある(冷凍・加工・スープなど)

竜王町「竜の環」を前に進めるための設計メモ(品薄期の打開)

昨年、竜王町の道の駅に、化学農薬・化学肥料を使わない農産物コーナー「竜の環」ができました。コーナーを作ったはいいものの、生産者がまだ少なく品薄が続き、大々的にアピールしづらい。ここは、供給を増やす(出荷量を上げる/仲間を増やす)が正攻法です。

ただ、マーケティング4.0〜5.0の観点では、供給が追いつく前に「買い手の体験」と「参加の仕組み」を整えておくと、後で伸びる余地が大きくなります。品薄を欠点として隠すのではなく、品薄でも前に進める設計が可能かもしれません。

現場メモ(竜の環):品薄を「予約設計」に変える

在庫切れで終わると、5AのAct(購入)が途切れ、熱が冷めます。品数が少ない時期ほど、Actの前に「確保できる」導線を置くのが効きます。

  • 取り置き(当日朝〆):LINE/フォームで「本日の竜の環セット」予約
  • 入荷予告(リズム化):週2回だけ入荷、など“来る理由”を作る
  • 少量でも成立するセット化:単品では棚が寂しいので、3〜5品で“箱”にして成立させる

価格を下げるより、まず「買える/確保できる」を作る。ここが先です。

現場メモ(竜の環):Ask(調査)で離脱しない短い説明

有機農産物の売場は、「良さそう」から「買ってみる」までの間に、買い手が小さく迷います。迷いはAskで起きます。長文の理念より、判断材料の整合が必要です。

最低限そろえる共通テンプレ(短く)

  • 栽培管理の要点(断言より“やっていること”):例「化学農薬・化学肥料は不使用」
  • 味の傾向(主観でOK):「火入れ向き/生食向き」「香り強め」など
  • 保存と食べ方(1行):「葉は先に切って冷蔵」「根は新聞紙で」など
  • 天候による揺れの一言:「雨続きのため水分多め」など(欠点化しない)
  • 不測時の対応(方針だけ):返品・交換・代替など

このテンプレが棚に常設されるだけで、価格の納得が作りやすくなります。

現場メモ(竜の環):棚を“商品”ではなく“体験”として成立させる

品数が少ない時期ほど、棚の意味が問われます。棚を埋めるより、棚の体験を整えます。

  • 「今週の竜の環」カード(2〜3行):霜が入った週/雨が続いた週の変化など、観察の短文
  • 「今日の食べ順」小カード:葉物→果菜→根菜、など迷いを減らす
  • 規格外の位置付け:理由+使い方(スープ向き等)を先に言う

見た目の派手さより、開けた瞬間に迷わない棚が、推奨(Advocate)を生みます。

現場メモ(竜の環):推奨が起きる小さな仕掛け

広告を強めるより、買った人が誰かに勧めやすい状態を先に作るほうが効く場面があります。

  • レシピというより「一手間を減らすメモ」(洗い方/下処理/保存)
  • QRで簡単なページへ(生産者紹介+今日の入荷+取り置き)
  • 特典は値引きより「次回の取り置き優先」など“確保”に寄せる

現場メモ(竜の環):仲間を増やすための参加設計

仲間を増やすにしても、「理念に共感して」だけでは増え方が遅いです。参加条件を作業に落とし、段階を作ると入り口が広がります。

  • 出荷基準の最小化と明文化(段階制でもよい)
    • 例:ステップ1「化学農薬・化学肥料不使用」→ ステップ2「圃場記録」→ ステップ3「資材・種苗の共有基準」
  • 出荷の手間を下げる共同作業:共同集荷/共同袋詰め日
  • 畑の途中参加を許容:全面転換ではなく、一部区画から

「やり方の正しさ」より「参加のしやすさ」を先に設計します。

現場メモ(竜の環):品薄期の棚を支える加工・保存

生鮮は波が大きく、棚の空白がブランドの沈黙になります。少量でも回せる範囲で、加工・保存系を混ぜると棚が安定します。

  • 乾燥(乾燥ねぎ、乾燥にんじん、ハーブ)
  • ピクルス、ジャム、シロップ(少量生産が可能)
  • 米ぬか、粉、加工原料(規格外の逃げ道にもなる)

竜の環 5Aチェックリスト(道の駅仕様)

売場づくりや運用の点検用です。難しいことは書かず、日々の改善に回せる項目だけ並べます。

  • Aware(認知):入口サインは「竜の環+今日の入荷」が一目で分かるか
  • Appeal(訴求):写真・現物で“状態”が分かるか(サイズ感、鮮度の根拠)
  • Ask(調査):共通テンプレ(栽培要点/味/保存/天候の一言)が棚にあるか
  • Act(購入):在庫切れでも「取り置き/次回入荷」が用意されているか
  • Advocate(推奨):食べ順メモ/保存メモ/問い合わせ先で迷いが減っているか

まとめ:地図としてのマーケティング

マーケティング1.0〜5.0は、古いものが無効になったというより、扱う対象が増え、設計の粒度が細かくなってきた流れとして理解すると納得感があります。製品を磨くこと、顧客を理解すること、価値を示すこと、会話と推奨を意識すること、そしてテクノロジーで摩擦を減らすこと。それぞれに、今でも使える部分があります。

有機農産物の販売では、5AのうちAsk(調査)と、CX(購入後の体験)が価格の納得に直結しやすいように感じます。派手な言葉より、事前に分かる情報と、届いてから迷わない設計。その積み上げが、結果として推奨につながるのかもしれません。

竜王町の「竜の環」のように、供給がまだ細い段階でも、予約設計・共通テンプレ・棚の体験・参加の仕組みを先に整えることで、品薄の時間を“準備の時間”に変えられるかもしれません。出荷量が増えた時に、ようやくアピールを始めるのではなく、増える前から伸びる型を作っておく。それも大事なのかもしれません。

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