「学習する組織」:組織の変革を導く五つの鍵

刻々と変化するビジネス環境にうまく適応するためには、どうすればよいでしょうか?

現代は、「VUCAの時代」とも呼ばれています。VUCAは、Volatility(変動性), Uncertainty(不確実性), Complexity(複雑性), Ambiguity(曖昧性)の頭文字をとった造語です。

Volatility(ボラティリティ)は、通貨の上げ下げでも使われます。円安→円高→円安…など、価値が頻繁に変動したり、その額が大きいとボラティリティが高いと表現されます。不安定さと考えても差し支えないでしょう。

Uncertaintyは、将来がどうなるか予測がつかないということです。

Complexityは、様々な要素が複雑に絡み合っている状態を指し、「あちらを立てれば、こちらが立たず」というような状態を引き起こします。ある問題を解決可能な要素に分解し、論理的に考えてそれぞれに最適な策を打てば問題が解決するということはありません。その策がまた別の影響を及ぼすからです。

Ambiguityは、はっきりしない状態ということで、原因の特定が難しかったり、境界が分かりづらくなったりします。

昭和の高度成長期のように、将来の見通しがある程度立ち、安定成長する時代では、明確な数値目標を定め、「業務効率の改善」や「標準化」を行うことが常套手段でした。

しかし、VUCAの時代では、将来がどうなるか分からないので、危機への対応力やレジリエンス、多様性を強化することが大切になります。なぜなら、「適者生存」という言葉の通り、環境の急激な変化に適応できた個体や組織のみ生き残ることができるからです。多様性の乏しい種族は、その種族に適する環境であれば大繁栄しますが、環境が適さなくなった瞬間に絶滅してしまいます。

ピーター・M・センゲは、現代に必要な組織像を『学習する組織』でつまびらかにしています。センゲは、成功する組織は単なる問題解決の枠を超え、学び続ける文化を内包する必要があると説いています。本記事では、学習する組織を実現するための「五つの規律」を紹介します。

世界は相互のつながりをより深め、ビジネスはより複雑で動的になっていくので、仕事はさらに「学習に満ちた」ものにならなければならない。

組織のために学習する人がひとりいれば十分という時代ではない。どうすればよいかを経営トップが考え、ほかの人すべてをその「大戦略家」の命令に従わせることなど、もう不可能なのだ。

将来、真に卓越した存在になる組織とは、組織内のあらゆるレベルで、人々の決意や学習する能力を引き出す方法を見つける組織だろう。

ピーター・M・センゲ, 学習する組織, 英治出版, 2011

五つの規律

本書の中心的なテーマである「五つの規律」は、学習する組織を実現するための基本的な要素です。それぞれは別々に生まれていますが、どの要素も他の4つがうまく機能するためには不可欠なものです。なお、「学習」という言葉は、単に知識を詰め込むのでなく、人生で本当に望んでいる結果を出す能力を伸ばすという意味で使われています。

システム思考

システム思考は、問題を単なる部分的な現象としてではなく、全体のプロセスや相互作用の中で捉えるアプローチです。センゲは、システム思考が問題解決において重要である理由として、複雑な因果関係やフィードバックループを理解することで、持続的な改善が可能になる点を挙げています。

例えば、ある問題が発生した場合、対処療法的な解決策によって一見改善されますが、根底にある問題は放置されているため、悪化します。しかし、対処療法的な解決策の副作用によって、根本的な解決策が見いだせず、ますます対処療法的な意思決定が採用されるようになってしまいます。

そうならないためにも、部分的ではなく全体をシステムとしてとらえ、その挙動を把握する必要があります。以下は、システム思考の重要ポイントです。

  • 因果関係を明らかにする:原因と結果は単純な線形関係にあると思われがちだが、「風吹けば桶屋が儲かる」という言葉があるように、原因と結果は時間的にも空間的にも離れている。また、あらゆる要素が、原因にも結果にもなりうる。結果を引き起こす原因も1つではなく複数あるので、それを明らかにする作業が必要
  • 相殺フィードバック:良かれと思ってしたことを相殺するような反応をシステムが生み出す現象。例えば、途上国の栄養失調を改善するために食糧の支援をした結果、栄養失調による死亡者が減少し、人口が増加した結果、さらなる栄養失調が起こるなど。
  • 遅れ:相殺フィードバックには通常遅れが伴うため、状況は悪化する前にいったんよくなる。この遅れによって状況は一見改善されたようにみえるため、本質を見誤ることになる。
  • 自己強化型フィードバック:預金の複利のような好循環、口喧嘩がヒートアップするような悪循環ともに、このフィードバックが関係する
  • レバレッジ:システム内には、最小限の努力で、持続的に大きな改善を引き起こすところがあり、レバレッジと呼ばれる。しかし、それは通常最も見えづらいところにある。システムの構造や変化のプロセスに注目することで見えやすくなる

自己マスタリー

ここでいうマスタリーは、「達人の域に達する」という意味です。何の達人かというと、私たちにとって本当に必要なことを明確にすること、そして、現実を理解する解像度を上げる方法を学ぶことです。

そのためには、継続的に個人のビジョン(どのような社会を実現したいか、どう生きたいか)を明確にし、深めることが大切になってきます。

センゲ曰く、「三〇歳になる頃には、ごく一部の人たちは出世街道をひた走るが、残りの人たちは、週末に自分にとって大事なことをやるために『時間を費やしている』。そういう人たちは意欲をなくし、使命感も、仕事に就いたときの胸躍る気持ちも失っているのだ。エネルギーもほとんど感じられないし、まったくと言っていいほど気迫がない」。

なかなか厳しいご指摘ですが、こうならないためには自己マスタリーをしっかり確立する努力をしなければなりませんね…。

以下は、自己マスタリーの重要ポイントです。

  • 個人ビジョン:こころから目指したいもの(ビジョン)に絶えず焦点を当てたり、新たに焦点を当て直したりする
  • 創造的緊張の維持:ビジョンと現実の乖離を利用して創造的エネルギーを生み出す(ビジョンを現実に合わせにいかない)
  • 真実に忠実でいる:自分をだましてありのままの姿を見ないようにしない、自論を絶えず疑うことをいとわない
  • 潜在意識を高める:瞑想や黙想的な祈りなど、意識を静める方法によって潜在意識を活性化させる
  • 潜在意識を活かす:望ましい結果を達成するために必要な手段に焦点を合わせるのではなく、望ましい結果そのものに焦点を合わせ、強くイメージする(潜在意識は、特に心の一段奥深くにある志や価値観にそった目標を受け入れる傾向にあるようです)
  • 理性と直観の統合:因果関係が複雑になると、合理性ですべて解決できなくなるが、その時に直観が助けになる
  • 全体へのコミットメント:他者とのつながりや思いやりの感覚があるほど、ビジョンは視野の広いものとなる

メンタルモデル

メンタルモデルは、私たちがどのように世界を認識するかというイメージです。個人や組織が持つ潜在的な信念や価値観、思考の枠組みです。社会や企業を取り巻く環境は変化しますが、メンタルモデルが古いまま(古い慣習や過去の経験にとらわれる)だと、環境の変化に対応できなくなります。したがって、メンタルモデルは必要に応じて変えていかなければなりません。

そのためには、私たちの内面の世界観を掘り起こし、それを浮かび上がらせて厳しく精査する、いわゆる振り返りを行うことと、他者と顔を合わせて話し合うときにどう振舞うかが重要です。以下は、メンタルモデルの重要ポイントです。

  • 言動と行動の違いに正面から向き合う:言動と行動の差異に気づかない限り、学習は始まりません
  • 抽象化の飛躍を認識する:観察したことから一足飛びに一般化しすぎていないか注意する(これがまかり通ると、仮定だったものが事実として扱われるようになってしまいます)
  • 本音を明らかにする:他者との摩擦を恐れて表面的なやり取りしかしないのではなく、正面切って問題と向き合う
  • 探求と主張のバランスをとる:自分の主張を押し通すのではなく、相手の話にも耳を傾ける。自分の主張となる証拠や推論を明らかにするとともに、他者の意見の背後にある推論について問おうとする

共有ビジョン

共有ビジョンは、組織の全メンバーが心から共有できる未来像や目標です。自分たちは何を創造したいのか?に対する答えです。経営トップが勝手に決めて、メンバーに押し付けるようなものではありません。個人のビジョンが共有ビジョンにつながったとき、組織に一体感が生まれるとともに、個々のメンバーの力が最大限に発揮されるようになります。

以下は、共有ビジョンの重要ポイントです。

  • 個人ビジョンを大切にする:個人ビジョンがないと誰かのビジョンに追従することになり、自主的で能動的なコミットメントが生まれない。個人の進むべき方向がはっきりしている人からは、一丸となって「本当に望むもの」を目指す相乗効果が生まれる。
  • 継続的な対話:真に共有されるビジョンは一朝一夕には生まれず、個人ビジョンの相互作用の副産物として生まれるので、自分の夢を自由に表現するとともに、互いの夢に耳を傾ける継続的な対話が必要となる
  • ビジョンの普及:ビジョンは無理強いするものではない。まずは自分自身が熱意をもって参画すること、そして他者を説得するのではなく、他者に選択させること

チーム学習

チーム学習は、グループ内での学び合いを促進するプロセスです。個々のメンバーの知識や経験がチームで共有されることで、より良い意思決定や問題解決が可能になります。一方で、IQ120以上のメンバーが集まったチームのIQが80になることもあり得ます。

チーム学習では、一人ではなく、大勢で考えることで、より知性を高める方法を学ぶ必要があります。お互いを意識し、お互いの行動を補う協調性も大切です。以下は、チーム学習の重要ポイントです。

ディスカッション:日本語では議論と訳されますが、叩打(パーカッション)と同じ語源であり、相手を叩きのめして「勝利する」というニュアンスが含まれます。ディスカッションが有効に作用するときももちろんありますが、議論に勝つことによって、集団に自分の意見を押し通すことが最終目的になりがちです。

  • 議論(ディスカッション):叩打(パーカッション)と同じ語源であり、相手を叩きのめして「勝利する」というニュアンスが含まれる。そのため、議論に勝つことによって、集団に自分の意見を押し通すことが最終目的になりがち。状況の分析や、何かを決定しなければならないときは有効
  • 対話(ダイアログ):勝ち負けではなく、その考えに至った前提や推測を自由に話し合い、相手の話も聞く。ある問題に対して様々な観点から集団で探求し、一人の人間の理解を超えることを目指す
  • 意見の対立を許容する:ダイアログの過程で対立が表面化することもあるが、対立しているのは私たちの「意見」であり、私たち「自身」ではないと知る
  • 前提を保留する(目の前に吊り下げる):自分の考えとなる前提を捨てるのではなく、目の前に吊り下げ、いつでも質問・観察ができる状態にしておく(自分の意見を弁護しない)
  • 仲間意識:仲間意識が強いと、相互作用が生まれやすくなる。しかし、これは、意見に同調したり、全員が同じ考え方をしなければならないということではない。むしろ、仲間意識が必要なときは、意見が対立するときである
  • ファシリテーター:ダイアログを効果的に行うためには、全体を客観的に見れるファシリテーターが必要

終わりに

共有ビジョンが構築されると、チームのメンバー全員が長い目で見て全力で取り組む姿勢が育まれます。メンタルモデルの欠点や時流の変化との相違点を見つけることは、環境変化に対する組織の対応力を高めます。チーム学習によって、人々は個人のものの見方を超え、より大きな全体像を探すことができるようになります。自己マスタリーは、人から言われて動くのではなく、能動的な思考回路や学習をする力を養います。

システム思考は、これら4要素の包括的なつながりを理解するのに役立つほか、自分たちが全体のシステムを構成する1要素であるという見方を提供します。私たちの行動がいかに現実を形作るか、私たち自身がいかに直面する問題と関りがあるのか、という点を認識するのに役立ちます。

この5つの規律が「完了」することはありません。学習すればするほど、自分たちの無知が明らかになるからです。その点で、学習する組織が完成することはないと言えるでしょう。

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