植物にいい影響も悪い影響も与える「土壌微生物」の話

土壌微生物の働きについては他のページでも触れてきましたが、ここでは土壌微生物の種類や農業との関連性など、もう少し詳しい説明をしたいと思います。
横山和成氏の研究によると、土の「豊か」は、土の中の微生物の多様性と、有機物の分解量の掛け算として数値化できます。肥沃でいい土壌には、1gあたり1兆個を超す微生物が生きていると言われています。
目には見えない土壌微生物の世界は、実は人類文明に不可欠であり、非常に神秘的なものです。
土壌微生物の遺伝子DNAを発光させた像を顕微鏡で観察したとき、暗黒の土壌粒子のなかに、まさに天空に輝く銀河にも見紛う生命の煌めきを見た。
横山和成, 図解でよくわかる 土壌微生物のきほん, 誠文堂新光社, 2015
記事の目次
土壌微生物の種類
土壌微生物は大きく分けると、「細菌」「放線菌」「菌類(カビ、酵母、キノコ)」「藻類」「原生動物」に分類されます(ウイルスは除く)。
サイズは、細菌は大きさが1㎛程度、放線菌は菌糸幅が1㎛程度、菌類は菌糸幅が3~10㎛程度、藻類は大きさが10㎛~1㎜、原生動物は大きさが10~100㎛程度です。
細菌の種類と特徴

ほとんどの細菌は、土中の有機物を分解してエネルギーや栄養分を獲得しています。農業関連の書物でよく見かける細菌に、硝化菌や根粒菌が挙げられます。
硝化菌
無機栄養細菌の一種である硝化菌は、有機物ではなく二酸化炭素の炭素を利用して植物に必要な栄養素を作り出しています。
土壌微生物が有機物を分解すると、窒素源としてアンモニウム塩が作られます。しかし、アンモニウム塩のままだと植物の根にあまり吸収されません。
そこで硝化菌の出番です。硝化菌は、アンモニウム塩を亜硝酸塩や硝酸塩に変えて植物の根に吸収されやすい形態に変化させてくれます。
しかし、一連の硝化作用が途中で止まってしまい、亜硝酸塩が蓄積してしまうと、植物は亜硝酸ガス障害を起こしてしまいます。
通常の土壌では起こりにくいですが、アンモニアが豊富に含まれる有機質肥料などを大量に施肥すると、亜硝酸塩が蓄積してしまいます。
硝酸塩は水に溶けやすいため、植物の根に吸収されなかった分は地下水へ流出してしまうことが多く、窒素汚染の元凶になってしまいます。
それを防ぐ方法として、腐植量を増やす、カバークロップで土壌の水分を保持するなどが挙げられます。
水田など酸素が少ない土壌では、「脱窒菌」と呼ばれる嫌気性菌が硝酸塩から酸素を奪い、窒素ガスを生成して大気中に放出します。
根粒菌
根粒菌は、ダイズやクローバーなどマメ科植物の根に侵入し、直径1~数mmの根粒と呼ばれるコブを作ります。
そこで根粒菌は、窒素ガスをアンモニアやアミノ酸に変えて植物に提供しています。
代わりに植物は、根粒菌に光合成で作った糖分を与えています。
それぞれのマメ科植物と共生できる根粒菌の種類は決まっているため、ダイズと共生する根粒菌は、クローバーとは共生しないようです。
細菌ではありませんが、根粒菌と同じような働きをする放線菌もいます。
「フランキア」と呼ばれる放線菌は、ハンノキやヤマモモの根に共生することが分かっており、いくつかの種類の植物と共生することができます。
植物に悪影響を与える細菌には、病原菌となるものもいます。イネの白葉枯病、レタスや白菜の軟腐病の原因となる細菌は農家の悩みの種です。
放線菌の種類と特徴
放線菌は、細菌に似た細胞からカビのように菌糸を伸ばし、その先端に胞子を作ります。土中では、落ち葉などの有機物を分解し、物質の循環に大きく寄与しています。
土特有の匂いはこの放線菌によるものです。
カビなどの体に含まれるキチン質を分解する酵素を持つ放線菌は、有害なカビの発生を抑える働きもしてくれます。
放線菌の中には抗生物質を作るものも多く、それらは医薬品、農薬、家畜の飼料添加物等にも使われてきました。
農業だけでなく人間の生活にも役立ってきた放線菌ですが、全てが有益ではなく、中には動植物に害を与える種類もいます。
ジャガイモの表面がコルク化するジャガイモそうか病や、肺炎に似た症状を起こすノルディア病は、ある種の放線菌が原因です。
菌類(カビ・酵母・キノコ)の種類と特徴

カビ
カビは菌糸と胞子からできていて、表土1gあたり1万~10万程度存在しています。
数では最近に及びませんが重量では土壌の中で最も多く存在しており、細菌や放線菌よりも有機物を分解する能力が優れているので、土壌の物質循環に最も貢献しています。
一方で、植物の病気の80%はカビが原因であり、農作物に多大な被害を与えることもまたしかりです。
酵母
アルコールやパン作りには欠かせない酵母は、糖を栄養にしてアルコール発酵するものもあります。
自然界では、樹液や樹木周辺の土壌、空気中や海水中など幅広いエリアに生息しています。
キノコ
キノコもカビと同様菌糸を伸ばし、胞子を作って増殖します。
キノコも動植物の有機物を無機物に還元しますが、樹木の細胞成分であるリグニンなど、カビや細菌では分解しにくい有機物を唯一分解することができます。
アーバスキュラー菌根菌(AM菌根菌)
AM菌根菌(またはVA菌根菌)は、ほとんどすべての植物の根に共生するカビの1種で、菌根菌の中では一番メジャーです。
植物の根に定着すると、菌糸を根の内部に侵入させ、土壌側へは広い範囲に菌糸を伸ばします。
AM菌根菌は、リン、亜鉛、銅、鉄など植物の根が吸収しにくい無機栄養分を植物に与え、代わりに根から糖分をもらって生きています。
根だけでは根から数㎜の範囲にあるリンしか吸収できませんが、AM菌根菌と共生することにより、その数十倍も離れたリンを吸収することができるようになります。
リンなどの栄養分のほかにも、水分の吸収を助ける働きもあります。そのため、AM菌根菌と共生している植物は、養分や水分が少ないところでも生育することができるようになります。
しかし、リンなどの無機栄養分を含んだ肥料を大量に使うことによって、AM菌根菌の数は土壌から減ってきているとも言われています。肥料の大量投入は、このような悪影響を及ぼします。

藻類の種類と特徴

藻類は主に水中に生息しますが、土壌の表面には、珪藻、緑藻、藍藻などが生息しています。
光エネルギーを利用して二酸化炭素を固定するほかにも、空気中の窒素を固定する働きをもつ種類もあり、水田における役割は非常に重要です。
生食連鎖と腐植連鎖

自然界では、有機物を生産する植物を「生産者」、植物を摂取する動物を「消費者」、微生物を「分解者」または「還元者」と呼ばれています。
すべての生き物は「食べる」「食べられる」関係にあり、それは「食物連鎖」と呼ばれます。
食物連鎖には、生きている植物を動物が食べる「生食連鎖」と、動植物の死がいである有機物を土壌微生物が食べる(分解する)「腐植連鎖」の2種類があります。
化学物質と微生物
土壌消毒が与える影響
化学農薬による燻蒸消毒を行うと、硝化菌が死滅してしまいます。そうするとアンモニウムが硝酸にならず、作物はアンモニア中毒を起こします。
また、アンモニウムイオンはカリウムイオンと同じ大きさなので、アンモニウムイオンが過剰になると微量元素の吸収障害が生じてしまいます。
また、消毒後は増殖速度の速い菌が増えます。もしそのような病原菌が生き残っていたり外から入ってくると、農作物に悪影響を及ぼすとともに微生物の多様性が失われてしまいます。
過剰施肥が与える影響
堆肥を使わず肥料をたくさん使うと、地力の著しい低下を招きます。窒素肥料が多すぎると、硝酸が大量に発生して土壌が酸性に傾きすぎたり、ガス害が生じたりします。
尿素が多すぎると、微生物の多様性が失われるとともに亜酸化窒素ガスやアンモニアガスが発生するので、植物にとって有害です。
また、水田に硫安を入れすぎると、硫化水素ガスが発生します。
このように、肥料を使いすぎると、有害なことがたくさん起きることが近年分かってきました。
終わりに
土壌微生物は、農業以外にもさまざまな形で人類社会に役立てられています。抗生物質のペニシリンは土壌真菌(カビ)から見つけられましたし、バイオプラスチックを作るのにも使われています。
普段はあまり意識されない土壌微生物ですが、人類の生活には必要不可欠であるため、目に見えない微生物の世界に想いを馳せ、感謝の気持ちを持つことが大切でしょう。


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