霊性を開発する方法:シュタイナーの教え

正月行事の本当の意味を理解し、実践することで日本人の叡智に触れることもできますが、具体的にどうすれば霊性を開発できるのか?という問いが起こります。
霊性の開発方法は、ルドルフ・シュタイナー(1861-1925)の著書「いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか」が参考になります。
シュタイナーはオーストリア出身の哲学者であり、教育者であり、人智学(アントロポゾフィー)の創始者として世界的に知られています。
本書は、私たちが精神的な成長を遂げ、超感覚的な世界への認識を深めるための具体的な方法を示したガイドブックです。
この記事では、「いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか」から霊性の開発に関する修行方法をピックアップし、まとめたいと思います。
「あなたの求めるどんな認識内容も、あなたの知的財宝を蓄積するためのものなら、それはあなたを進むべき道からそらせる。しかしあなたの求める認識内容が人格を高貴にし世界を進化させるためのものであるなら、それは成熟への途上であなたを一歩前進させる。」
「私自身の感情や思考には最高の秘密が隠されている。これまで私はそのことにまだ気づくことができなかった。」
記事の目次
神秘修行の諸条件
- 肉体と精神の健康:健康な体がないと健全な認識は育たない
- 全体生命の一部としての自分:自分と対象を分けず、対象の中に自分を見出す
- 思考と感情が世界に与える影響:自分の思考と感情が行為になると知る(相手を憎むだけで傷つけてしまう)
- 人間の本質は外観ではなく内部:自分の本質を肉体の体ではなく魂的=霊的存在と感じる
- 決意と実行:一度決めたことは忠実に実行する
- 感謝の気持ち:自分の存在は全宇宙からの贈り物であると感じる
- 以上6条件の統合:人生をこれらの条件にふさわしく形成する
実践する際の心構え
- 忍耐強く:あらゆる焦りや怒りは高次の能力を麻痺させる
- 個人的な要求と欲望にとらわれない:あくまで人類の進化の観点で学びを求める
- 偏見にとらわれない:外的特徴で人を区別・判断しない
- 慎重になる:可能な限り正確に人のいうことを理解し、返事をまとめる、軽率な発言は控える
- 温和でいる:周囲の魂の営みに注意を向ける態度が育つ
- 環境:時には大自然の平和な安らぎや優しさの中に身を置く
実践内容

まず、修行するためにどこか特別なところに行く必要はありません。今果たしている仕事や義務を捨てる必要もありません。
毎日五分で十分なので、日々の仕事とはまったく異なる事柄のために費やす時間を確保しましょう。
正しい方法でこの特別な時間を費やす人は、やがてこの時間の中から、日々の課題のための充実した力が受け取れることに気づくでしょう。
畏敬の念を育てる
第一に、「畏敬の念を思想生活の中に受け入れること」それが出発点です。
真理と認識に対する畏敬の念を深めましょう。
賛美と崇敬の対象となりうるものを、環境や体験のいたるところに探し求めましょう。
私たちは、人生の中で多くの人と出会いますが、その人の弱点を非難するとき、私たちは自分自身で高次の認識能力を奪ってしまいます。その人の長所に心を向けようと努めるとき、私たちはこの能力を蓄えることができます。
日々の生活の中で、軽蔑したり、非難したりしようとする自分に気づいたら、判断をする前にその態度の中に何がひそんでいるのか、注目してみましょう。
そして、われわれが意識の中の世界と人生についての思考内容を讃美、敬意、尊敬で充たすと、急速な進歩を遂げることができます。
霊眼はこのことを通して開かれます。
内面生活の充実
第二に、「内面の生活を充実」させましょう。日々の生活の中で、私たちは様々なことを体験します。その体験したことや、世界が何を語りかけてくれたのか、それをまったくの孤独の静けさの中で思い出として響かせましょう。
これを「自己沈潜」といいます。
ただ楽しかった、で終わりではなく、この楽しみから何かを明らかにさせる人は自分の認識能力を育成し、向上させることができます。
その際に必要なのは、そこから受け取れる楽しみをあきらめて、内的作業を通して享受したものを消化しようとする態度です。
学んだものをどうやって世界に役立たせることができるか、を考えることが大切です。
シュタイナーはこういいます、「如何なる理念も理想たりえぬ限りは魂の力を殺す。しかし如何なる理念も理想たりうる限りはすべてあなたの中に生命力を生み出す。」
内的平静をもって本質を見抜く
第三に、「本質的なものと、非本質的なものを区別」できる力を養いましょう。
そのためには、まず、日常生活とは全く異なる少しの時間を確保しましょう。そして、自分の経験や行動を、自分のものではなく他人の経験や行動であるかのようにみなす努力をしましょう。
それは、冷静さをもって、自分自身を観察できるようになる必要があるからです。
内的平静をもって達観するとき、本質的なものを非本質的なものから区別できるようになります。
そのときに、高次の人間(西田がいうところの、大いなる自己)を目覚めさせることができます。
高次の人間が目覚めると、次第に日常生活にまで影響を及ぼし始めます。
人間全体に落ち着きが、個々の行動に確かさがより加わり、どんなことにも動じなくなります。
たとえば、待たされるとすぐにいらいらする人がいたとします。
その人が内的平静の瞬間に、いらいらすることのむなしさを感情として集中的に体験すると、焦燥感を体験するたびにすぐこの感情が意識されるようになります。
そして、いらいらが消えるとともに、待たされている時間を有益な観察に費やすようになります。
目覚めた高次の人間は、「内なる支配者」となります。そうなってはじめて、霊界との交わりが育てられます。
瞑想(メディテーション)
瞑想こそが、超感覚的認識を獲得する手段です。
霊学(グノーシス)は、思考内容の中に魂の力を結集させることによって、次第に魂が霊的本性の中を生きるようになっていく、この認識の行を、瞑想(静観的思索)と名付けました。
瞑想によって、自分がなすべき行為や持つべき体験が、大宇宙の諸事情と関連していることを達観します。
そうなると、どうして働くのか、どうしてこんな苦労をしなければならないのか、と思い悩むこともなくなります。
瞑想を通して霊界との結びつきを得た人は、生まれてから死ぬまでの間だけではなく、永遠に存在し続けるものを、自己の内部に体得し始めます。いわゆる魂です。
瞑想は自分の永遠不滅の核心(=魂)を認識し、直観するための道なのです。
霊界参入の三段階

肉眼で物体を認識するためには、1.目という感覚器官を持つことと、2.物体を照らす光、が必要です。
同様に、霊的な世界を認識するためには、1.準備(霊的感覚器官の開発)、2.開悟(霊光を照らす)、3.霊界参入(高次の霊的存在との関わりをもつ)の三段階を踏む必要があります。
本来、神秘修行は、定められた修行過程の厳守が求められます。そしてその修行過程は秘教とされています。しかし、そのエッセンスを知り、実践するだけでも霊性を高めることができるでしょう。
準備
生命活動に、意識的に私たちの注意力を集中させましょう。生命活動とは、植物の発生、生長、繁栄する相と、衰微、凋落、死滅する相のことです。
植物の生長と開花に目を向ける場合、短時間の間、このことだけから受ける印象に没頭してみましょう。
内部の感情の変化に気づいたなら、その余韻を、心を鎮めて、内部に響かせましょう。外界の印象から閉ざし、ひとりになって、生長し開花する事実に対して、自分の魂が語るものに従いましょう。
大切なのは、完全なる内的平静を保ちながら、感情と思考の両方に注意力を集中させることです。
このように、生長し開花するものと、衰微し死滅するものとに対して、交互に注意力を向けるトレーニングを行うと、回を重ねるにしたがって、感情が生き生きとしてくるでしょう。
こうして生じた感情と思考から見霊器官が形成されます。事物が何を意味するかを考える必要はありません。事物そのものに語らせましょう。
それが分かると、新しい世界が開かれます。魂界(アストラル界)が眼前に次第にはっきりと姿を現してくることに気づきます。
音の世界もまた、修行の対象になります。
けものの叫びなど音に注意力のすべてを集中し、その音が告げる苦や快と密接に結びつこうとします。
魂で聞き始めることができるようになると、やがて、全自然がその響きを通して人間に秘密をささやきます。
人間との会話も同様です。誰かが意見を述べ、他の人がそれに耳を傾けるとき、賛成、反対いずれの意見をも沈黙させます。そうすれば、時と共に自然に、傾聴という新しい態度が習慣化されるようになります。
自然音との行と結びつくとき、耳には聞こえず、物質音では表せない霊界からの知らせが「聴ける」ようになります。すべて高次の真実は、このような「内なる語りかけ」を通して獲得されます。
開悟
「開悟」とは、いわゆる「悟り」です。それは、一定のやり方でさまざまな自然存在を考察することから始めます。
石(水晶)の例です。シュタイナーがいう以下の言葉に思考を集中させましょう。
「石には形態があり、動物にも形態がある。石は静かにおのれの場所に留まり続ける。動物は場所を移動する。場所を移動するように、動物を促すのは衝動(欲望)である。動物の形態もこの衝動に従って形成されている。その諸器官この衝動にふさわしいあり方をしている。これに対して石の形態は欲望に応じてはいない。欲望をもたぬ力によって形成されている。」
忍耐力が必要になりますが、この行を続けていくと、石からある種の感情が、動物から別の種類の感情が魂に流れてくることが分かるようになります。
これらの感情と思考が結びついてくると、霊魂の知覚器官が作り出されます。そうして形成された器官は霊眼と呼ばれます。この霊眼によって、魂と霊の色が次第に見えるようになります。
準備の段階では、霊界の線や形象は暗いままですが、悟りを通じて明るくなります。
神秘修行では、自分の道徳的な力、内的誠実さ、観察能力を高めていかなければなりません。隣人や動物に対する同情心、自然美に対する感受性も絶えず高めていくように努力しなければなりません。
霊的感覚が身につけられると、出生と死は存在のひとつの変化の相であるにすぎないことが分かります。つまり、人間の本質である霊的実体=魂は不滅ということが直観できます。
目や耳などの外的感覚器官しか持たない場合、ある存在は出生と共にはじまり、死と共に消滅するように感じられました。
それは、ただ、霊的実相を知覚できなかったからこそ、そのように見えただけなのです。
霊界参入
準備と開悟の段階で、形、色、音などの霊的知覚内容を感受できるようになれば、霊界に参入することができます。
霊界には、3つの試練があるようです。
火の試練
- 概要:物質、動植物、人間の体的特質について、通常よりもはるかに真実なる直観を獲得すること
- 必要なもの:霊眼と霊耳
- 必要な人間の特質:自己信頼、勇気、不屈の精神を養い、苦悩や失敗に対して内的平静と忍耐力をもって耐え抜くこと
水の試練
- 概要:宇宙に作用している諸力に対応した秘密文字体系の解読と、それに沿って自由に確実な行動をとれるかを証明すること
- 必要なもの:見霊的認識
- 必要な人間の特質:勝手な欲望に負けない自制心を身につけること
風の試練
- 概要:(何も拠り所がないので)自分で自分の道を探し出すこと
- 必要なもの:霊の現存を証明する力
- 必要な人間の特質:突然の一大事に恐れることなく速やかに決断すること
これらの試練を通過すると、「高次の認識の神殿」に立ち入ることが許可されます。そこでは象徴的に「忘却の飲み物」と「記憶の飲み物」と言われるものを受け取ります。
「忘却の飲み物」とは、低次の記憶に邪魔されず、いつでも霊的な働きに集中できる方法のことです。新しい体験を古い体験(=経験)に従って評価するのではなく、新しい体験を洞察するために、経験を利用する必要があるからです。
「記憶の飲み物」とは、高次の秘密を常に精神の中に生かし続ける方法のことです。
この二つによって、霊性をますます開発させていくことができるようになります。
終わりに

より正しい修行を行うためには、導師の指導を仰ぐ必要があるでしょう(どこに導師がいるのか分かりませんが…)。
しかし、ここに示した内容を我流でも真剣に忍耐強く行うことで、精神的に成長できる気はします。「いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか」で書かれている神秘修行内容は、それほど現実離れしたようなものではないからです。
「人間死ねばそこで終わり」、「観測できず、客観性も再現性もないものは科学ではない」という唯物論的思考をする人たちも世の中にはいます。
けれども、そういった人たちにもこのトレーニングは全く無意味なものではないと思うのです。なぜなら、畏敬の念を持つこと、我慢や忍耐、本質を見抜く力や傾聴力は、日々の生活の中でも十分役立てられるものだからです。
シュタイナーの教えは、現代の忙しい生活の中で失われがちな、内的な静かさと平和を取り戻す手助けをしてくれます。その教えを実践することで、私たちは霊性を開発し、大いなる自己に目覚め、より豊かな人生を送ることができるようになるでしょう。

